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【本番生板ショー】趣味と変態プレイを楽しんだ時代

こんにちは、すずです。
今日は歴史の感じる話題でも書いていこうと思います。

 

妖艶なダンスと美しい裸を楽しむストリップは、昭和の世から現在まで大衆文化として長く親しまれてきました。

 

しかし、その隆盛の裏には決して声だかに語られない、もう一つの性の歴史が刻まれています。

 

劇場の観客だけが目撃してきた、幻の裏ストリップ。

盛衰の記録を少しだけご紹介します。

 

 

【本番生板ショー】趣味と変態プレイを楽しんだ時代

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昭和49年、1974年頃。

 

京都に千中ミュージックと言う劇場がありました。

 

そのころのストリップはまだ過激なショーはなく、20代後半の美人踊り子さんの全裸開脚ショー程度のものです。

 

はじめてみる女性の体に興奮する人が続出。
とても人気の劇場だったそうです。

 

同じころ東京には新宿にストリップ劇場があり、ある噂で大変な人気が出ていました。

 

 

過激なパフォーマンスとは?

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本番生板ショーが見られる

 

 

過激なパフォーマンスで修羅場と化していました。

 

なにせ日本人の踊り子さんや若いフィリピン人たちと観客が、舞台の上で観客周知の中で、本番行為を繰り広げていたのです。

 

戦慄が走るほど驚きますよね。
現代で言うハプニングバーが既に存在していたのですね。

 

入場料さえ支払えば、タダで踊り子さんとセックスが出来る。

 

ただし観客に見られながら勃たせる自信と度胸が必須です。

 

「本番生板ショー」まな板の上の鯉のように、客が料理されることから名づけられたという説がある。

 

見た事が無かったり、イメージがつかない方に説明すると、劇場の舞台の上で、踊り子さんたちが1曲踊った後に、照明スタッフがアナウンスをします。

 

 

本番生板ショーです!ご希望の方は舞台に上がってください!

 

 

複数の希望者がいたらじゃんけんで決め、運よく選ばれたお客さんは素本とパンツを脱ぎ、下半身だけ裸になって座って待つ。

 

準備が整ったころに、小さなかごを持った踊り子さんが登場。
お客さんを寝かせてかごの中からお絞りを取り出し、お客さんの陰部を拭く。

 

そして、今度はかごからコンドームを取り出し、口に含んでお客さんにゴムを装着。

 

そのままフェラをする。

 

数分で勃起させると、踊り子さんは開脚し騎乗位にて合体。

 

5分程度で発射させる。
そしてすぐ次のお客さんに移る。

 

 

ワンステージは約20分

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踊り子さんの1ステージの持ち時間は約20分です。

 

最初のお客さんの勃ちが悪いと、観客たちからヤジが飛びます。
罵声を浴びさせられ、すぐに後退になる事も。

 

全盛期ではどこの劇場でも踊り子さん1人が、お客さん数人を相手にしていました。

 

この衝撃的な光景を目にすると、首都圏の劇場を見て回り始める人が続出したそうです。当時のメディアもこぞって記事にしていました。

 

ストリップ嬢は全国に100人超

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裏ストリップの全盛期には、とにかく本番生板ショーの出演者が多かったようです。

 

どこの劇場でも、複数人の本番嬢が同時に舞台に立つのは当たりまえ。
ダブル・トリプルと呼ばれ、中には5人以上同時に舞台に上げる劇場もありました。

 

最高は同時に8人で、場所は新宿のDX歌舞伎。

 

タダ同然で日本に連れてこられたフィリピン人たちが、円形舞台や渡り廊下にて本番生板ショーを行っていました。

 

これだけ本番を行う踊り子さんたちがいたにも関わらず、何十人ものお客さんがじゃんけんで舞台に上がる権利を勝ち取るべく競っていたのです。

 

当時の熱狂はすさまじかったでしょうね。

 

さらにバリエーションも注目されていました。
最も人気があったのは。

 

純生まな板ショー

 

文字通りコンドームを付けずに踊り子さんと生で合体していました。
性病のチェックも当時はあまりしていないはずです。

 

フィニッシュはもちろん中出し。

 

この純生まな板ショーは、やはり人気も高く、生尺なら勃起もしやすいのではないかと奮い立っている人が多かったようです。

 

全国的には純生まな板ショーをやる踊り子さんは全国で100人前後いたようです。
ほとんどの劇場に1人程度、中には3人程度抱えている劇場もあったそうです。

 

時代の流れと、エイズの登場とともにこの純生まな板ショーは全国から消えました。

 

 

変態の限りを尽くす

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一方で、マットプレを導入したソープショーというものもありました。

 

係員がソープランドで使用されるエアマットを舞台の中央にもっていき、選ばれたお客さんが全裸になって踊り子さんの登場を待つ。

 

踊り子さんたちは、たらいに石鹸を泡立てたものやソープ用のローションを使って「潜り抜け」などソープ同様のテクニックを披露する。

 

最後はお客さんにコンドームを装着し、そのまま合体。
ローションで滑って、合体してもなかなか体位が安定しないなど難しい点もあったが、ダダ同然でソープ体験が出来るこのイベントは大変人気があったそうです。

 

また、普通の本番生板ショーだと近況してセックスがでいない人の為に、シルエット本番ショーというものもありました。

 

幕をはった舞台に奥から照明をあてて、本番をしている様子をシルエットで見せる演出。

 

他のお客さんの視線を感じないで済むので初心者向けだったそうです。
名古屋の名港文化劇場などが常設していたようです。

 

更に変わった出し物と言えば、ニューハーフ本番ショーなども存在しました。
性転換したニューハーフと舞台上で事に及ぶ。

 

新宿のニューアート劇場で行われていたようです。

 

その他にも

  • 日舞ショー
  • 花魁ショー
  • 襦袢ショー
  • SM緊縛ショー
  • 指ポンショー

このような変態の限りを尽くしたショーが沢山ありました。

 

 

美人踊り子と個室で本番

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じゃんけんで負けて舞台に上がれないお客さんはいったいどうしたのか?

 

いくつかの劇場は「無料個室」という場所を用意していました。
入場時に無料個室券が渡され、これを使えばベニヤ板で囲まれた2畳ほどの個室で、誰にも見られずに安心して踊り子さんと行為が出来たそうです。

 

鶴見の劇場、新宿のOS劇場、DX歌舞伎には個室まがいの部屋があったそうです。

 

80年代初期はフィリピン人を中心とする外国人ストリッパーが主流でした。
本番行為は彼女たちの役目です。

 

フィリピンパブで働き、他の日はストリップ劇場で働く。
バブル時代は一般的だったようです。

 

どうしても日本人の踊り子さんと本番がしたい場合は、船橋のハリウッド・若松劇場だと本番行為が出来たようです。

 

中には個室本番しかやらない日本人もいたようです。

 

 

まとめ

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80年代のストリップ劇場には、若くて美人の女の子が沢山いました。
世が世なら炎上してますよね。

 

当時は風俗業界もまだ盛んではなく、とりあえずお金を稼ぎたいならソープかストリップだったようです。

 

しかしあまりにハードな仕事なので、すぐに退職。

 

年齢も18歳から働いている人が沢山いたそうです。
今なら一流のAV女優になれそうな人も居たそうですよ。